森彦
猫のしっぽのようにくねくねと細い遊歩道の先にある赤いトタン屋根の二階建て。蔦の絡まるゆかしい佇まいのこの場所が「森彦」である。知らなければ辿り着けない路地裏。けれど遠来が多いのは、不自由であるが故の豊かさをきっと皆知っているからだ。創業は1996年。戦後すぐに建てられたこの慎ましい木造家屋を自分たちの手で改築し、足掛け3年の時間をかけ、建物はみごとに息を吹き返した。「空想するには高い天井が必要だ」と打ち抜いた吹き抜けが、建物をいっそう印象深いものにさせている。
かちりこちりと時を刻むゼンマイ式の古時計。湯が沸くポットの気配、ひと足ごとにギシリと軋む床板。ひなびた古道具と、それを淡く照らすやわらかな灯りにほっと和む。一つとして同じものがないテーブルや椅子。老朽化が激しかった建物も愛情深く手入れを重ね、今なお呼吸を続けている。それはある意味でスクラップ&ビルドを繰り返す、現代社会の価値観に対するアンチテーゼにも感じられた。森彦の美しさの原流とは何なのか。前身に「月菴(げつあん)」と名付けられた小さな茶室があったことを知った時、すっかり合点がいった。なるほど、それは茶の湯に通ずる美学。
簡素な中に見え隠れするものの本質。それが枯淡な味わいとしてにじみ出る、独自の美意識。そして人もまた自然の一部と捉える生き方そのもの。テーブル席から揺れる薄緑の影をぼんやり眺めていると軒を叩く雨音がだんだん大きくなって、しっとりと木の葉を濡らしていった。刻一刻と移ろう窓辺の景色に、ふと「市中の山居」という言葉を思う。そんな飴色の空間に似合うのは、じんわりと深みのある珈琲だろう。最初の一杯にはモカベースの特別な深煎り、「森の雫」をぜひ。注文をするとすぐに階下で淹れている珈琲の香りが二階までふうわりと立ち昇り、待つ時間も格別。とりわけ薪ストーブに火がくべられる冬にはじんわりと心身の隅々まで沁み入ってくる。
さて森彦を開くにあたり、市川さんには描いた理想がある。空間であれメニューであれ、「いつも本物と出会える場所」にするということだ。それはまだ市川さんが青年であった頃のこと。格好いい大人たちが集う本物の空間に憧れ、飲めない珈琲をすすり、足繁く通った喫茶店の記憶に由来する。ある日の朝、新聞を広げるご常連や、おしゃべりを楽しむ観光客の傍に、一杯のコーヒーと対峙する一人の若者。緊張感と羨望が重なり合うその表情を見た時、すでに森彦が未来を担う誰かの希望であることを実感したのだ。
モリヒコ
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